top of page

​​​サンプル/フリー台本

​​フリー台本は非営利目的でのみ、ご自由にお使いいただけます。

サンプル/フリー台本: テキスト

『捨てられないものがある』

捨てられないものがあるのだと、そう、彼女は言った。

「分かってる、これは要らないものなんだって。私の頭も、心も、これを必要だとは思ってない。なのになんでだろうね、どこかに小さく引っかかってるみたいに、捨てることだけができないの」

そこまで言って、彼女は少し口を噤んだ。公園のベンチの上、小綺麗な格好をした彼女の腕に抱えられたクッキーの缶は、どこか暖かく幼稚であった。

「……見たい?」

そっと問われて、頷く。じゃあ特別ね、と小さく笑ったその言葉に、心臓が跳ねた。特別。なんて甘美な響きなのだろう。誰にでも等しく接する彼女の、唯一無二であれたなら。それは例えようもなく、幸福なことだった。


彼女はゆっくりと手に力を込めて、缶の蓋を開けた。中に入っていたのは、薄汚れた、ピンクの水玉模様のシュシュがひとつ。

「何もない日だったの。記念日でも、誕生日でもなかった。急にぽんと渡されて、あげる、って」

意味わからないよね、と笑う彼女の顔は、少しだけ歪んでいた。何かを噛みしめたくて、それを無視して屈託なく笑おうとして、失敗した顔だった。

そのとき、ああこれは、このシュシュは、私には到底手の届かない物なのだと知った。雑草だと知っていて、取り除いたつもりで、しかしその根は彼女の心にこびりついている。

「……ねぇ、あなたにはある?どうしても、捨てられないもの」

彼女の問いかけに、私は曖昧に笑った。何も言わない私に彼女は不満げだったけれど、許してほしい。


無駄だと知っていて、敵わないと分かっていて。それでも私にだって、捨てられないものくらい、あるのだ。

サンプル/フリー台本: テキスト
  • Twitter
bottom of page